どんなに頑張っても報われた気分になれない時

報われない焦り
スピリチュアルケア

どんなに頑張っても報われた気分になれない、心が満たされないと感じる人は、頑張っているところが少しズレているかもしれません。
この記事では、そのような切ない思いを解消して、本当に頑張る必要のあるところをお伝えしてまいります。

無価値観

どんなに頑張っても、満足感を得られないと感じることはありますか?

  • どうせ私はダメな人間だから
  • 私には価値がないから
  • だからもっとがんばらなきゃ・・・

これらは、いわゆる無価値感や劣等感です。

こんな風に、自分でも気づかない中で、自分を卑下している人ほど、今の自分とは違う「すばらしい自分」を理想にして、自らの努力で、その理想に到達しようとします。

どんなに頑張ってもあまり報われない

でも、ふと気づくと、空回りしてしまうことが多く、なぜか報われない、という経験が少なからずあるのではないでしょうか。

そして、自分より大して頑張っていなさそうな人が、自分より高い評価を得ているのを見て、とても悔しい気持ちになったり、心がひどくざわついてしまうこともあるかもしれません。

「私のほうが、もっとがんばっているのに。」
「私への評価がこんなに低いのはなぜ?」

大して努力もしてなさそうな人が、あっさり結果を出したり、出世したり。

ヘラヘラしているあの子のほうが、真面目にやっている自分よりも、ちやほやされたり、一目置かれているのは、なぜ?

これを、宇宙法則の視点から見て行きますと、実は、がんばる箇所がちょっとズレているのです。

自分の理想

たましいの計画

私たちは、それぞれ自分のたましいの計画に沿って、自分の天命に気づいて、それを集中してがんばるために生まれてきていますので、自分の人生をがんばらなくていいという訳ではありません。

たましいの計画に沿った道(プロセス)の上で、自分の力を発揮することができた時、私たちは、

  • 人生に喜びや、充実感、幸福感を感じられて
  • さらにもっとがんばりたくなる

このような意識が自然に芽生えるようになっているようです。

ですけれども、がんばるところを、たましいに沿ったものではなく、自我の望みにとらわれている中では、残念ながら物事は自分の思い通りには進まないことの方が多いでしょう。

そして、がんばればがんばる程に、物事は空回りするか、裏目に出てしまうでしょう。

こういう時は、自分が空回りの状態になっていることになるべく早めに気づくことが大切です。

そして、自分が本当にエネルギーを注ぐべきところが、違うのかもしれないと疑いをかけてみることをおすすめします。

本当の望みと執着との違い

たましいに沿ったものではなく、自我による望みにとらわれている時、それは本当の望みではなく、何らかの執着に囚われてしまっている状態です。

この感覚に気づいて行くためには、自分が望んでいるものが本当に手に入った時、それで満足することができるのか、あるいは、一時的には満足して安心感を得られるかもしれないけど、その先もまたさらにがんばり続けなければならないだろうと簡単に想像がつくようでしたら、それは、あなたの「執着」になってしまっている可能性が高いです。

自分の真意に気づく

がんばることばかりに心が奪われてしまっていて、本当の自分自身を直視することから目を反らしていることもあるかもしれません。

まずは、がんばることの先に見据えている、自分の本当の目的や、無意識にも期待していること、つまり、今の自分の原動力となっている真意に気づいて、それが本当の望みなのか、あるいは執着になっていないか、これを明確に把握することで、本来のたましいの道(プロセス)に立ち返ることへつながります。

自分を感じようとする女性

うまく行かないスパイラルに入ってしまっている時は、無意識にも、がんばった分だけ、周囲からの評価や賞賛を、期待している可能性があります。

承認欲求

周囲からの評価や賞賛を得ようとしてしまうことは、人間である以上、当たり前の欲求であり、人情です。

ですが、この欲求を、自分はより強く持っていると感じる人は、注意が必要です。

この欲求は、私たちの誰もが持っている、自我の1つである「承認欲求」です。

この欲求に無意識にとらわれた状態で、この欲求を埋めるべく、それを外側の人たちからの賞賛を得ようとしたり、どんなに求めても、たとえ一時的に賞賛を得ることができたとしても、また次の賞賛が欲しくなるばかりで、残念ながら、心が満たされることは、一生、期待できません。

承認欲求が強いと自分でも感じる時

そういう時は、エネルギーが下がっていてストレスを多く感じている筈ですので、辛いですね。

まずは、今の自分の心の状態に気づくことです。

自分が今『承認欲求が強い状態なんだな』と気づくだけでも、過度な承認欲求を緩めて行くことができます。

そして、承認欲求が強いのは、肉体をまとって生きている以上、誰もが標準で持っている欲求ですので、決して悪いことではありませんのでご安心ください。

ですけれども、外側に承認欲求を求めてしまうと、人生がうまく行かなくなりますので、一時的に強くなっている時や、自分は人より承認欲求が強いのかもと感じる人は、自分で自分の欲求を満たすように心がけてみてください。

自己肯定感の低さ

承認欲求を求めてしまう理由の1つに、自己肯定感の低さがあります。

今の自分の価値を、無意識にも低く見積もって、自分でも気づかない中で(勝手に)自分と周りとの差を感じて、努力で埋めようとしてしまう場合があります。

自己肯定感が低いことが原因で、(無意識レベルで)自己否定感がとまらない人もいます。

そのために、自分の中でどうしても埋まらない自分に対する不足感に、常に苦しんでいる心の状態になっています。

自己肯定感が低いと自分でも感じる時

やはり、まずは、そんな心の状態になっている自分のパターンに気づくことが大切です。

気づかない限り、どんなに努力を重ねて、自分に対する不足感を埋めようとしても、残念ながら、一生埋まらないものを、懸命に埋め続けるだけの人生になってしまいます。

そして、承認欲求と同じで、自己肯定感もその人のその日のコンディションによって変わるものですので、今は一時的に低くなっている状態だと捉えるようにしてください。

自己肯定感が低くなってしまっている時は、おそらく、他の優秀で成功している誰かと自分を(無意識にも)比較して落ち込んでしまっている筈ですので、まずは比較していることに気づいてそれを止めることです。

そして、誰もが無条件で愛されていて、必要とされているからこの地球に存在しているオンリーワンであることを思い出してください。

思い出せなくても、『自分はそういう存在なんだから、自己卑下をする必要はなく、自分らしさを自分なりに輝かせればいいだけ、そこに最善を尽くしながら、自分らしい幸せや楽しさを探せばいいんだ!』と捉えようと心がけてみてください。

自分の不完全さを認める

私たちは、不完全な生き物です。

この世に、息とし生ける者の全ては、不完全であるからこそ、互いに足りない部分を補い合い、支え合うことで、そこに愛が芽生えたり、相手に感謝することができたり、生きる喜びを感じることができるのです。

私たちは、不完全な存在だからこそ、たましいを少しでも完全な状態に磨いて行くために、この地球に生まれていきているのです。

不完全なことを、「それが私」だと(おそらくそれが本来の「完全」だということを)認めることができて初めて、健全な自己肯定感を持つことができるようになります。

「私は、今のままでこれでいいんだ」と精神的に受け入れることができた時、あなたの人間味溢れる魅力が、初めて周囲から認められるようになって行きます。

そして、がむしゃらながんばりや努力ではなくて、「等身大のあなたそのものの魅力」つまり、「自分らしさ」を素直に出せるようになれた時、周囲から評価され、人から選ばれる人になって行くのです。

本当にがんばる必要のあるところ

ですので、本当にがんばる必要のあるところは、自分が不完全のままでそれでいいと思える新しい健全な思考パターンを自分に取り入れることです。

そのためには、不完全な状態の自分に対して切なくなってしまう自分の苦しい気持ちを癒して行く必要があるでしょう。

本来、私たちは、ここ、つまり癒しのプロセスを進ませることに最善を尽くす必要があるのです。

ここを全力でがんばることができれば、きっと自分らしい幸せを見出して行けるようになることが期待できます。

自我を手放すこと

ですので、私たちが、本来がんばる必要のあるところは、自分が悩ましくも抱えている自我による「自分独自の勝手な思い込み」に気づいて、それを健全に手放して行けるように、心の癒しのプロセスを進ませることです。

心の癒しのプロセスとは、気づきのプロセスの連続とも言えます。

私たちは、自分の心の奥深いところで、躓いてしまっている部分、深く傷ついてしまっている部分、勘違いしてしまっている部分に気づくことができるだけで、その瞬間から、無駄なところにエネルギーを浪費しなくて済むようになり、どんどん自分の魅力を磨いて行くことにつながります。

もちろん、これまで、無駄に努力を重ねてがんばってきたと思ってしまうことも、それはそれで、無駄なことでは決してありません。

空回りしてしまったと思うこともあるかもしれませんが、それを経験しなければ、気づけなかったこともたくさんある筈です。

失敗だと思えることも、実は、とてもかけがえのない経験であり、人生の中で、自分にとってとても重要な学びにつながる経験になるのです。

ですので、無駄なことは1つもないことに気づいて行けますと、空回りしながらも、全力投球でがんばってきた自分のことも、愛おしく思えるのではないでしょうか。

空、手、蝶々

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緑川アリス
Alice Midorikawa

スピリチュアルセラピスト、ヒーラー
ソウルファシリテーター

人生での停滞や生き辛さを感じる時に、このサイトの記事が少しでもお心を軽くさせることにつながり、幸せへ向かうためのヒントやきっかけになりましたら幸いです。
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